遊園地という娯楽施設にはとんと縁がない。一番楽しめるであろう少女時代を過ごしていた時期にそんな場所はどこにも存在しなかったし、だいぶ年を重ねた今は若者の喧騒溢れる場所として絶対自分一人では行かない場所の一つとなっている。どうにもあの手の下品な騒ぎ声が苦手なのだ。
それにあの観覧車。あの見た目が景観を損なうので実はあまり好みじゃない。風情溢れる街や郊外の自然に大きな鉄の塊がどんとそびえ立つなんて、綺麗な風景が台無しだ。ガラルの大都会に出張した時、街中ででかでかと存在を主張する観覧車を見た時もおぞましい何かを感じた。
それだと言うのに小型ながらもその観覧車に乗り、家族連れや若者達の活気に満ちている遊園地を満喫する羽目になったのは、マヒナちゃんと星を見に郊外まで足を運んだ際、彼女が道中の移動遊園地を見つけたからである。暗闇を眩しすぎるほど照らすオレンジ色の人工光にたじろぎつつ、はしゃぐ彼女を連れて空間へ足を踏み入れると一瞬で場の空気に飲まれてしまったのを感じる。街からだいぶ離れているからか周囲の喧騒もそこまで酷いものではなく、未知の空気にわくわくする自分がいる。それに観覧車だって、乗ってしまえば姿を見なくて良いのだから気持ちが楽になる事を知った。昔々ミアレタワー建設の反対派が言った言葉が脳内をよぎる。
「ししょー!マヒナあれほしい!」
と、これまで様々なアトラクションでご満悦だったマヒナちゃんがある屋台を熱心に指差す。赤いテントが貼られたその奥にはおもちゃやスポーツ用具、ぬいぐるみが等間隔で並べられており、客が猟銃の形をしたコルク銃を抱えておもちゃを狙っていた。
「射的?」
「うんっ!マヒナあのぬいぐるみがほしいの、紫色のメテノのぬいぐるみ!」
どうやら商品にコルクを当て、倒すとその商品がもらえるルールらしい。これまで銃なんて持った経験はあれど撃った事は一度もない私にできるだろうか、と思いつつもマヒナちゃんのきらきらした瞳の魔力には抗えない。普段なら毅然とした態度で断っていただろうが、しょうがないわねと首を回しながら彼女と屋台へ向かったのはいつもと違う雰囲気の場所に絆されてしまったからか。
店の主人から一通りルールと銃の打ち方を教えてもらい、早速目当ての商品に銃口を向ける。例えばバトルや魔法を使う時に遠くの対象に技や魔法を当てる、といった行為ならこの長い人生で幾度となく行なっているので造作もないが、初めてのやり方で同じ事をするとなると緊張が走る。
「ししょー、がんばれ!」
それでも横で応援してくれる愛弟子の声があるならそれに応えねばならない。狙いは悪くないはず、と言いながら既に二、三回的を外しているが、三回目の正直という言葉がある。次こそ当たる気がする、そう願って引き金をゆっくり引くと同時にポンと飛び出すコルク。果たして弾は直線の弾道を描き、今度こそメテノのぬいぐるみを後ろに倒した。
「おっ姉ちゃんやるな!それじゃこのぬいぐるみを持って行きな!」
店主から紫色のメテノを渡され、一番喜んだのは他ならぬマヒナちゃんである。ぬいぐるみを渡すとひとしきりぬいぐるみを確認し、頬ずりして一生離すまいと言いたげにぎゅっと抱きしめた。それから片手は私の手を握り、もう片方でぬいぐるみを持ち直すとスキップしながら私の横を着いて回る。
「良かったわね、大切にしなさい」
「うんっ!ありがとうししょー!」
遊園地の明かりに照らされ、暖色に輝くマヒナちゃんがふわっとした笑顔を浮かべる。そろそろ遊園地は一通り楽しんだはず、当初の目的である星を見にまた歩こうとこの場所から出る事にした。
「メテノって宇宙からきたんだよ、いっしょにお星様をみれたらいいな!」
「まあ、よく知ってるわね」
「おにいちゃんにおしえてもらった!マヒナ、メテノのお洋服やアクセサリーもってるから!」
ふんっと鼻息を荒くしながら語るマヒナちゃんは、すっかり興奮して繋いだ手を振り回そうとする。これだけご機嫌なら今日の夜はよく眠れるに違いない。
「また遊園地にこられてたのしかったなぁ」
「行ったことあるの?」
「パパがまえに連れてってくれたの!いどーゆうえんち?ていってた!アローラではめったにこないんだって」
「あら、そうだったのね」
「観覧車にのったり、メリーゴーランドにのったりしたんだよ。すっごくたのしくて……」
ふと、マヒナちゃんの足取りが鈍くなる。何か考えるようにメテノのぬいぐるみを持つ力を強め、こちらを見上げると切なげだった表情が一気に明るくなった。
「今日もたのしかったよ!ししょーと一緒だったから!」
そして二人で笑い合う。亡き父親の思い出が彼女にとって大切な記憶なのが伝わってくる。アローラという南国の異郷や移動遊園地の話を話す彼女の声はどこまでも弾んでいた。子供の頃の記憶は薄れやすく、まして今後数百年とも生きる種族となるときっとこれらは時間の経過と共に色褪せてくるだろう。それでも忘れないでいてほしいと願わざるを得ない。だってこんなにも顔を綻ばせているのだから。
「ししょーは楽しかった?」
「ええ、勿論」
それだけじゃない、今日という日も例え色褪せたとしても彼女の心にずっと残って欲しい、と人口光で星の見えない空を見上げて思う。そうだ、マヒナちゃんにはこれから途方もない時間が待っている。五歳だから単純に考えて、後九百年近くは少なくとも生きるだろう。そんな中でも私や周囲と過ごした時間を覚えていてくれたら嬉しいと考えると、マヒナちゃんの小さな手を握る左手に力が入る。この移動遊園地の思い出も、「ししょーとの思い出」として記憶に残ってくれれば良いな。
背中に遊園地の強烈な光を受けながら私とマヒナちゃんはその場所を後にする。歩きながらメテノにホクレレという名前をつけた、と誇らしげに語るマヒナちゃんに目を細めながら、私はこの時間の愛おしさを噛み締めた。
(2023年頃)