安らぎの時間

 誰かと遊びに行く行為を珍しがられる行為を珍しがられる男、それがリナルドである。心を許した相手以外には常にしかめ面で文字通り最低限のやり取りしかしない、休日は家に閉じこもって魔法の研究をするか、図書館に足を運ぶうちに一日が終わるのが定番である、そんな彼が可愛らしい女の子とデートに行くと言ったら誰が信じるだろうか。
「おにいちゃん、はやくいこう!」
「待て待て、パフェは逃げないぞ」
 手を繋がないとワンパチのように全力疾走しそうな勢いで街中へと飛び出す少女、マヒナこそリナルドのデートの相手である。雪のようにふわふわな白い髪をなびかせ、紫の耳をぴょこぴょこ動かしながらリナルドの手を全力で引く。一方のリナルドはやれやれと呆れつつ彼女を目的地のバールへとエスコートする。
 ひょんな事から異国の地で出会い、孤独な彼女を育てると決意して家に連れ帰って以来少しだけリナルドの生活も変わった。今までのリナルドなら知り合いや友人からどこかに誘われない限り、図書館とスーパーしか行かなかったのだが、今はマヒナが何某とかいう美味しいパフェの店に行きたい!と懇願すればそれに従わざるを得なくなったのも加わった。無論魔法の特訓を上手くできたご褒美、という約束の元だが。
「えへへっ、ずっと楽しみにしてたの!」
「そうか」
 マヒナの満面の笑みに思わず口元が緩む。今朝も冷蔵庫に貼った予定表のメモを指差してはぴょんぴょん飛び跳ねていた子だ。着る服も前日から念入りに決めており、それはリナルドの服装にまで及ぶ程だった。一度何かをやり始めると止まらない意志の強さが、将来有望の四文字をリナルドの頭に浮かばせる。

 

 色とりどりの建物が立ち並ぶ通りの一つにバールはあった。植物や花々で彩られた入り口をくぐると即座にマヒナが窓のある端の席を陣取ろうと走り出す。日頃世話になっている師匠エルミニアから礼儀作法を教え込まれているはずだが、パフェで頭の中がいっぱいになっている今は礼儀がすっぽ抜けてしまっているようだ。慌てて追いかけて肩を掴む。
「マヒナ、ここは席ごとにお金が違うって言ったよな。そこは一番高いところ。それに注文もしないうちに勝手に座るのも駄目、分かったな」
「こん……」
 耳が垂れる程俯きしょぼくれるマヒナをあまり見たくないのだが、リナルドも保護者としてやる時はやらねばならない。注文し、それなりに見晴らしの良い席に座った後もマヒナの耳は相変わらず垂れており、リナルドは耐えきれず窓から通りを眺めながら昨日閲した魔法の論文についてを考えていた。そのタイミングでパフェとアフォガードが運ばれてきたのはある意味救いだったかもしれない。
「パフェだぁ……!」即座にマヒナの耳がぴょこんと立った。ご機嫌の証だ。
 先程叱られていたのは記憶の彼方と言いたげに、満面の笑みでクリームを頬張る彼女にリナルドは安堵する。
「美味いか?」
「うんっ!」
「そうか、良かった」
 無邪気なマヒナを見ている間は辛い事や苦しい事を忘れられる。生を受けてから今に至るまで数々の困難にぶち当たり、生きる事に絶望を感じていた時期もあったが、彼女の天真爛漫さは生きている事の楽しさを思い出させてくれる。それはアフォガードの苦くて甘い口どけを遥かに凌駕する魅力だとリナルドは感じていた。とは言え、だ。
「……マヒナ、もう少し綺麗に食べられないか?」
「むー?」
 アフォガードを半分食べ終えたところでマヒナを見やると、彼女の口や手、テーブルの周りはクリームやチョコソースが点々としていた。まだ5歳の子供に礼儀作法を完全に教えるのは難しい、リナルドが肩をすくめつつナプキンでマヒナの口元を拭いていると。
「お嬢ちゃん、テーブルにもパフェを食べさせてるのかい?」
 その声にリナルドは思わずハッとした。とびきり丸くした目で声のした隣の席に顔を向けると、よくよく見知った青いサンドパンの青年がニカッと白い歯をのぞかせていた。タンクレディ、リナルドの同僚にして心をある程度許せる存在である。本当に、ある程度だが。
「よっリナルド、ここで出会うなんてな!」
「……何故ここにいる」予想外の事態に反射的に身をかがめて戦闘態勢を取ろうとする。
「何故って、エルミニアさんを待ってるんだけど?」
 当然のように言われてはリナルドも何も返せない。確かエルミニアは上述の通りマヒナの師匠だがタンクレディとは恋仲にあり、おそらく今日は……。察しの悪いリナルドでも急いで最後の一口だったアフォガードを口に運ぶ。それに事前に約束していない相手と鉢合わせするのも苦手だ。早く去らなければ。
「多分エルミニアさんも二人に会うと喜ぶし、もう少しいても良いんじゃね?」反対に常に察しの良いタンクレディはいたって冷静だ。
「ししょーが来るの?」
「だそうだ。師匠の前でそんな食べ方したら、俺以上に叱るだろうな」
「ん……」
 エルミニアの名前を出した途端にマヒナの食べ方が控えめになった。会えるのは嬉しいようだが、半分残っているパフェを彼女なりに上品に食べようとする姿に、思わずタンクレディが吹き出してリナルドに目配せする。
「ふん、俺よりエルミニアさんの方が余程保護者に向いているようだ」
「そんな事ないぜ、お前だってマヒナちゃんの為に立派にやってるじゃないか。それに……」タンクレディが目を細める。「マヒナちゃんといる時リナルドもめっちゃ楽しそうにしてるじゃん!俺二人が食ってる時から見てたけどよ、やっぱ良い顔するじゃんリナルド!」
「は?」全身の体毛がゾワっとする感覚に襲われた。
 どうやらマヒナといる時は気の抜けた表情になるらしく、以前も彼に見られた事はあったのだがもう二度と見せまいと決めていたのである。だから予想外のところで知り合いと出会いたくないのだ。体の中が一瞬にして熱くなる。
「マヒナちゃん可愛いし、そりゃ誰だって笑顔になるよ」
「これ以上言ったらあんたを凍らせる」
 慎重にスプーンを操りつつもにこやかな表情のマヒナと、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべるタンクレディとは反対に、リナルドは顔を赤くしながらスプーンを折れるくらい強く握りしめるのだった。



(初稿:2020.5)
色々小説お題ったーの「パフェ」「メモ」「恥ずかしい」のテーマで書いたリナルドの話でした。