「うわぁ……!」
瞳をピンクダイヤモンドのように輝かせ、口の端から八重歯を覗かせながらアマネが驚きと感嘆の混じった声を漏らす。まるで誕生日プレゼントで大きなケーキと共に欲しかったものを全て目の前に出されたような、そんな姿を横目にデュランダルは目を細める。
今日はアマネの誕生日ではなく、そこから数ヶ月が経過した、夏の日差しがジリジリと肌を焼き始めるようになった季節の休日だ。当然目の前に季節外れの品物は無いのだが、それに相当するもの──回転ブランコに、メリーゴーランドに、観覧車、それにカラフルな屋台──が視界には広がっていた。アマネは勿論だが、デュランダル自身も賑やかで魂が踊る場所に、心の底から高揚感が湧き上がってくるのを感じて軽く身震いする。
「ねえ、ここってちょっと前まで馬鹿でかい公園だったよね? 数週間前通りかかった時何もなかったもん」
「凄いよな。一、二日で組み立てたんだってさ」
「へぇ……魔法みたい」
水色のワンピースと白い薄手のカーディガンをはためかせ、おしゃれなフリルのハンドバッグを片手に持ったアマネが数歩先を跳ねるように歩き出す。彼女の言う通り、ここは古くからある由緒正しき公園だ。ローズ地区のセゾン運河沿いに位置するこの場所は、普段は王族の宮殿の跡地や庭園の見学者がポツポツと訪れるだけだが、広大な敷地の活用として年に一回、バカンスの時期に移動遊園地が来るのが数十年前から定番となっているという。カロス出身とはいえ、各地を転々として最近やっと戻ってきたばかりのデュランダルがついこの間まで知らなかったのも当たり前で、この移動遊園地を知ったのは一ヶ月前に見たテレビのCMからだった。
「俺がカロスを離れている間にこんな事になっていたとは」
アマネを追いながらデュランダルは回想する。アマネの保護者的存在であるルネに移動遊園地の話題を持ち出した時のことだ。軽快なBGMと共に流れるアトラクションの宣伝映像を見た時、デュランダルの脳裏に浮かんだのはアマネの顔だった。もし心ときめく場所に行けたら、彼女にとってどれだけ幸せな一日になるだろうか──?
『という事で一日アマネちゃんを借りたい』
『それはアマネが決める事よ。わたしとしては貴方と一緒なら行っても良いと思っているけど』
『よっしゃ、それじゃ早速アマネちゃんに……』
『待ちなさい。一つ言うけどアマネは遊園地が初めてなのよ』
『……確か、ルネさんと出会う前は貧乏だったんだっけ』
『娯楽とは縁のない生活を送ってたって言ってた。わたしもあの子に楽しい思い出を作ろうとしているけど、貴方といる時のアマネはいい顔をしている』
『それって、何がなんでも楽しい一日にしろって事?』
『わたしは遊園地の騒々しさが苦手でできなかったけど、貴方になら任せられると思った。それだけよ』
交わした言葉を反芻しながら、デュランダルはアマネに追いつきその手を取る。ワクワクが先行して彼女を見失ってはいけない。ミアレの老若男女で溢れかえる場所で、自分はアマネを守る役目があるのだ。遊園地の地図を広げ、雑踏で声がかき消されない声量で周る順番を確認する。
「時間が許す限り回ろうよ! 本音は全部回りたいけど……」
「まあ、この人混みじゃ半分回れるかも怪しいしな。アマネちゃんが回りたいところを優先しよう」
「ダルはいいの? 行きたい場所とかあったりしない?」
「俺はアマネちゃんが回りたいところなら大喜びで行くさ!」
本心からの言葉と同時に胸を叩く。着いた瞬間気になるアトラクションが多すぎて、誰かにルートを決めてもらった方が楽だとデュランダルは薄々感じていたのである。
「それじゃまずメリーゴーランド行こう! それからコーヒーカップに、回転ブランコに……あと観覧車は絶対! 夕方に乗るとプリズムタワーがとっても映えるんだって!」
「そいつは気になるな、俺も観覧車からプリズムタワーを見てみたい!」
「それじゃ決まりだね。行こ行こ!」
こうしてメリーゴーランドの待機列へ足早に向かうアマネの手を繋ぎ直し、デュランダルは満面の笑みの彼女にふっと息をつく。控えめなアマネがいつもより羽目を外している姿は、実に愛らしく可憐だ。辛い過去を送ってきた相手だからこそ幸せにしてやりたい庇護欲も増すばかりで、暑さも忘れて今すぐにでもその手の甲を引き寄せてキスをしてやりたい衝動をグッと堪える。
と、二人の横をグレイシアとニンフィアのカップルが通り過ぎた。人混みでたまたま目についた若い二人は、アマネに注意を向けていたデュランダルが思わず気を抜く程いちゃつき、ドリンクを片手に幸せな雰囲気をこれでもかという程醸し出していたのだが、デュランダルの気をひいたのはニンフィアの女性が首元のリボンをグレイシアの男性に巻き付けていた事だった。アマネは四つ足の姿にならなければリボンの触覚を動かせないが、ニンフィアの甘ったるい声と背中が遠ざかるうちに、不意に羨望の感情が芽生えるのを抑えずにはいられなかった。
「アマネちゃん、もっと俺にベタベタしていいからな」
デュランダルがそっとアマネとの距離を詰める。互いの息遣いが伝わるか伝わらないか、これでもまだ遠いように感じたが、アマネがサッといつもの距離感になるように離れる。
「えっ、それは流石に。恥ずかしいってば」
「……ですよね」
遊園地効果で浮かれていても、あくまで根は控えめなアマネらしい返答に、デュランダルは肩をすくめる他なかった。
楽しいか、と聞くまでもなくアマネがはしゃぎ回る姿はデュランダルを安堵させ、愛おしさを倍増させた。大昔は数多の戦場をくぐり抜け、オリヴィエやローランと世界中を旅していた頃にも多くの経験を積んできたデュランダルにとって、遊園地のアトラクションは生ぬるく、一人でこの場を訪れていたら孤独感も相まって虚無の境地に至っていただろうが、隣に大切な相手がいる事で状況は大きく変わった。
回転ブランコでキャーキャー騒ぐアマネと一緒に声を出した時の爽快感、お化け屋敷でアマネを守ろうとするあまり幽霊役のスタッフが怖気つく程殺気立ち、アマネが呆れ果てながらも感謝の気持ちを述べてくれた時の充実感、チュロスと綿飴を分け合った時の幸福感は、何にも代え難い程にデュランダルの心を満たした。勿論水色の見た目が注目を集めやすいアマネを護衛し、思い出作りを手伝う気持ちは常に持っているが、彼女は恋人(アマネは頑なに否定するが)なのだ。そんな相手が隣にいて笑いかけてくる、それだけでデュランダルはこの時間が永遠になれば良いと口角を緩ませた。長く生きてきて、オリヴィエ達と築き上げた友情とはまた別な感情を知った今、自分は無敵とさえ思えてくる。ましてや直前に乗ったメリーゴーランドで高揚した末に口ずさんだ「草競馬」をいい歌だとアマネに誉められたからには。
「頃合いだね」
アマネが腕時計を確認する。日中猛威を振るっていた日も傾き始め、心地よい風が顔を撫でる。ちょうど今観覧車に乗れば映えるプリズムタワーが見える時間だ。そして今、観覧車の待機列に並ぶアマネとデュランダルは待ちに待ったゴンドラに乗る番がやって来たのである。
「それでは、ボン・ボヤージュ!」
互いに向かい側になるようにゴンドラに乗り、スタッフの声がけと共にドアが閉められた瞬間二人は地上からゆっくりと離され、空へと上昇していく。今までのアトラクションとは違い、のんびりとした二人だけの時間を過ごせるだけでなく、眼下に広がるミニチュアの街並みのちっぽけさがデュランダルは気に入った。
「見なよアマネちゃん、ポケモンも街も創造神の視点から見れば取るに足らない存在でしかないんだ」
「何、創造神になるつもり?」
「まさか! でも一度はなってみたいと思わないか?」
「……確かに。それはそれで楽しいかも……何でもかんでも意のままにできるっていいよね」
無論幾許かの野心を持っているとはいえ、本気ではないのは互いに分かっている。それでもアドレナリンが泉のように湧き出る時間を一日中過ごした今は少しくらい大口を叩いたって罰は受けないだろうと思っていた。創造神になれないにしても、この瞬間は数々の神話に登場する英雄にはなれる気がする。それこそ多くの難敵に打ち勝った何某達や、土地を開墾したり島を海から引き上げて一国を作り上げた何某達と同等くらいには。
その後も話題は尽きず、アマネが見聞きした街中のゴシップについてや、デュランダルがオリヴィエ経由で知った話題の映画について等、多くの話でゴンドラの中が満たされた。アマネとの会話はいつもやめ時を見失う。区切りを迎えたと思ったら、また次の話題が始まる。それを何度か繰り返すうちに喉が渇いてやっと中断する、そんな流れがお決まりになりつつあった。
「その設定は流石にツッコミどころしかないって言ったんだけど、オリヴィエは『フィクションをフィクションとして受け入れる度量を磨け』って返してきてさ……」
デュランダルが会話の中で違和感を感じたのは、巷で人気のデートムービー向け映画を語っている最中だった。ゴンドラに乗っている最中微かに感じていた振動が消えている。まさか、とちらと横目を向ければ先程から窓の外の景色が止まったままで、一向に動く気配を見せない。
閉じ込められた、と直感する。何らかのトラブルで観覧車が止まったのだ。その瞬間脳内は即座に状況把握のモードに切り替わり、アマネに気付かれぬよう辺りを見回す。ガラス窓、鉄製の座席、向かい側に行儀よく座るアマネとその横でちょこんと置かれた彼女のハンドバッグ……外部への連絡手段として電話が浮かぶが、生憎携帯電話という高価なものは両者持ち合わせておらず、ゴンドラ内部にも備えられていない。
窓ガラスを破って飛び出すにしても、高度何十メートルから落下した際の命の補償はできない上、落下の衝撃を和らげられそうな場所も見当たらない。いや、ピカチュウの形をした幼児向けの巨大なエアートランポリンを使えば何とかいけそうか。だがこれは最終手段だ、まずはこの状況を外部に伝えなければ──。
「ダルー? 聞いてる?」
「あっごめん」アマネに顔を覗かれて我に返る。彼女に危機を悟られてはいけない。「とにかく、俺としてはあの映画はないなって思っているかな」
ふうん、とアマネの表情がこちらを訝しむものに変わり、彼女の桃色の瞳に映ったデュランダルの影が揺れる。
「何でもない、ちょっとぼーっとしてただけだ」
「何かを企んでいる時のダル程分かりやすいものはない」
険しい顔つきになるし、と低い声で付け加えられて慌てて視線を逸らしたが間に合わなかった。アマネも窓の外を覗き込み、全てを察してしまった様子で体をこわばらせた。
「……私達、閉じ込められたって事?」
「だから今どうしようか考えていたんだ」
「脱出法を?」アマネが不安そうに尋ねる。
「それは最終手段で、まずは外部と連絡が取れればいいんだが……」
「こんな時携帯電話があれば、遊園地側に電話をかけられたんだけどねぇ」
アマネがパンフレットの下に小さく書かれた電話番号を眺めながらため息をつく。今の時代携帯電話を持ち歩けるのは貴族か、大会社の社員くらいだ。つられてデュランダルもため息が漏れる。こんな時数百年前に縁を切られた実家のコネが惜しくなる。貧乏貴族とはいえ、現代の財力に換算すれば旧式の携帯電話くらいは持てただろう、もっとも現在まで家系そのものが続いていればの話だが。
「うーん、上着を窓の外に向かって振り回すとかは?」
「気付くか? それに外が暗くなり始めている」
「だったらペンライト! 着ぐるみショーの時に買ったやつがまだ光っていたし、それでモールス信号を……」
「それだ!」
思わずデュランダルは手を叩いた。暗号解読が得意で、情報通なアマネらしい解決法に身を乗り出して褒め称える。何かを使って窓の外から知らせるところまでは思いついていたが、考えてみればアマネと一緒なのだ。アマネに迷惑かけまいと彼女の力を借りる発想を頭の外に放り出していたが故に至らなかった策に気付いてしまえば、あとはパズルのピースを埋めるように解決法が浮かぶ。
「マジカルシャインとマジカルフレイムでモールス信号をやるんだ。アマネちゃんならできる、そうだろう?」
「勿論! 伊達にバトルの腕を鍛えてないよ」
「それじゃ窓を破らないようにできるか?」
「任せて」
そこからはスムーズに事態が進んだ。言われた通りにアマネがSOSを地上に数度送ると、ややあって地上から同じくモールス信号で返答が来た。“原因究明中、しばし待て”それを見て二人は顔を見合わせて微笑み、デュランダルは窓ガラスを破る必要性の無さに安堵した。
「流石アマネちゃんだよ、俺も頭が回る方だって言われるけど、普段から天才だって言われてないか?」
すっかり元の調子を取り戻した二人はまた話を始める。まだ空中に取り残されているとはいえ、状況を把握でき、外部と連絡する手段を持っているだけで安心感は違う。
「いやいや」相変わらずアマネは控えめだ。「ダルが必死になってたから私も手伝いたくなっただけだよ」
「そっか」
アマネと出会った時の情景が脳裏をよぎる。出会いはある夜のZAロワイヤルの乱戦に乗じてバイヤーに捕まった彼女を助けた事だった。その時の怯えた表情の印象が未だに焼き付いて離れず、アマネに負担をかけさせない、彼女を守り助けると顔を見るたび決意を新たに振る舞っていたが、頼れる時は頼っても良いのかもしれない。ポテンシャルを侮っている訳ではないが、こうして今回みたいに助けられると強さを認識するしかないのだから。
「でも本当にありがとう、多分私だけだったらパニクって冷静な判断なんてできなかったと思う。ダルといると心強いな」
「へへっ、それは嬉しいよ」
もっと褒めてくれてもいいんだぜ、と続けようとして言葉が喉奥に引っ込む。目の前のアマネに対して言葉が咄嗟に出てこない程、笑顔が眩しかった。少しはにかんだ様子で顔をぱっと綻ばせた表情が、窓から差し込む夕日のオレンジと迫り来る夜の闇のグラデーションで照らされた姿は、神々しさすら感じてしまう。
「綺麗だ」
無意識にデュランダルは席を立ち、アマネの隣に座る。狭い座席で身を寄せてもアマネは抵抗しなかった。ただハンドバッグを反対側に移し、顔を赤らめてこちらを上目遣いに見上げる。
「急に何?」
「思った事を言っただけさ。今の君は天使みたいだ」
「ふぃっ!?」
アマネが素っ頓狂な声をあげる。その声すら可愛らしくてデュランダルは微笑みながら優しく彼女の手を取り、右手首に口付けをした。これでも随分と自制した己を褒めたいくらいだが、アマネは途端に体を仰反らせてハンドバッグに尻もちをつきかける。
「も、もうそうやって……! これ以上やったらムーンフォース打つよ」
「分かったよ、でも君が可愛いのは本当だから」
ぷいとそっぽを向いてしまったアマネも可愛らしい。ちらと見えた頬や耳が赤くなっているところにまたキスを落としたくなる代わりにアマネの奥、窓を越えた先に視線を移す。ゴンドラが停止したごたごたで目を向ける余裕が無かった景色がそこには広がっていた。
「ほら機嫌を直してくれ、アマネちゃんが見たがっていたやつがちょうどあるぞ」
アマネの横で指差した先には、オレンジと闇の色に照らされたプリズムタワーが光を放っていた。タワーの足元の広がる街並みも、暗くなり始める時間帯と明かりを灯す建物がぽつぽつと現れ始め、それはあたかも観客にファンサービスを送るアイドルと熱烈な感情を向ける観客の構図のようにも見える。
点灯されたミアレのランドマークが幻想的にそびえ立つ姿は、これまで世界中で色々な景色を見てきたデュランダルも息を呑む程で、そこに祖国の景色という馴染みやすさも相まって強く心に刻まれた。今日一日で多くの出来事があったが、観覧車での一連の出来事が最高の思い出だ。
「わ……すご……!」
語彙を失い、窓に張り付いて目を輝かせるアマネの横顔に視線を移す。プリズムタワーも綺麗だが、目の前の光景だって素晴らしすぎるくらい綺麗なのはデュランダルからすれば言うまでもなかった。
無事地上に帰還できたデュランダルとアマネは、ゴンドラから降りて早々園内のスタッフ達から「モールス信号を打ってた二人」と暫くの間話題になり、地上からモールス信号を返したデンリュウのスタッフからよく思いついたな、と一しきり賞賛される事となる。
そんな謝罪と感心と賞賛の雨も収まった後でようやく解放された二人は、最後にお詫びとしてもらったアトラクション無料回数券の束をお土産にして意気揚々と出口を目指し歩き始めた。回数券があればアマネが回りたがっていた残りのアトラクションも全てタダで満喫できるが、時間がそれを許してくれなかった。デュランダルとしては真夜中まで楽しんで良いが、アマネを連れている以上夜遊びもできず、彼女をいたく可愛がるルネやアルベールからの報復の内容を想像するだけでも面倒なため、もどかしい気持ちを抱えてアマネの家まで同行する。
「夢みたいな一日だったね」
遊園地の出口まで来た時、アマネが名残惜しげに後ろを振り返った。夜も深まり、鮮やかにライトアップされたアトラクションの数々はイッシュのカジノのような派手さよりも、ノスタルジーを呼び起こすようだとデュランダルは感傷に浸る。世界を回っていた時期に、旅先で仲良くなった集団と夜通し馬鹿騒ぎした日の朝のような一抹のもの悲しさが心を掠めていったが、数日だけの仲だった彼らと違ってアマネとはずっと一緒にいられるし、遊園地だって期間中ならまた訪れることができる。
「そうだな。楽しかったかい?」
「そりゃもう! 遊園地ってこんなに楽しいところなんだね」
「観覧車が止まったのに?」
「そうだけどさ、でもそれも含めて楽しかったかな」
再び前を向いて歩き出すアマネに合わせてデュランダルも隣を歩く。遊園地の明かりは遠ざかり、目の前には電灯と民家や店から漏れ出る明かりが照らす石畳が続くばかりとなって、嫌でも非現実から日常の世界へと戻ってきた感覚にならざるを得なかった。
「それで、ダルはどうだった? 今日楽しかった?」
アマネが再び口を開いたのは、デュランダルが通りがかったビストロから漂う料理の匂いに気を取られそうになったタイミングだった。慌てて誘惑を打ち払ってアマネを見やる。
「当然の事を聞いてくるなあ」
「気にするよ。だって……」アマネが遠慮がちに目線だけをこちらに向ける。「いつも私の事を優先するじゃん、私の事関係なしにダル自身はどうたったのかって、思っちゃうよ」
つまり、とアマネから正面に視線を移して数秒考え込む。吹き抜ける涼しい風の音を耳にしながら、その間にデュランダルはアマネが言わんとしている事が何となく察せた。“自分がいて迷惑だったんじゃないか?”
「俺はアマネちゃんといたから最高の日を過ごせたんだ。一緒に色々なアトラクションを巡って、観覧車からプリズムタワーを眺めて……君がいたから自分だけじゃ到底見つけられなかったものをたくさん見つけられた。一人じゃここまで楽しめてはいない、それだけは覚えといてほしいな」
「……うん」
彼女は時折謙虚すぎる一面を見せる。それを美徳と捉える者もいたが、デュランダルはそこまでネガティブになる必要はないと考えている。寧ろ多少図太くても良いくらいだと思っているが、彼女のこれまでの境遇を思うと強くは言えなかった。だからこそ寄り添って肯定してあげる、それが考えうる最善策だった。
「さあ行くぞ、今頃ルネさんが美味い飯を作って待っているよ」
「そうだね」
アマネは長い時間を生きてきた身でも知らなかった視点をたくさん教えてくれる。本人は気付いていなくても、日々の交流で得た新鮮な感情はデュランダルにとって何より心地よかった。今日だけでも数えきれないくらいに知見を得ているというのに、彼女は知る由もないのが歯痒く思えてくる。
思い切って打ち明けてしまおうか、手を繋ごうと右手を差し出しながら最初の言葉を考えていると、手ではなく腕の方に強めの感触が伝わってくる。最初状況を飲み込めなかったデュランダルだったが、瞬時に落ち着きを取り戻すと心臓がうるさいほどに激しく鳴り出す。遊園地でカップルを見かけるよりも前から思い描いていた夢物語がいざ現実になると、逆に困惑するものだ。
だが困惑や興奮を見せるとアマネは絡ませてきた両腕を離してしまうだろう。互いの温もりや息遣いをいつも以上に感じる程の距離感になるために、彼女が勇気振り絞った行為に、今は有頂天になりながらも気にしない素振りで受け入れるのが一番だ。
「また二人で遊園地に行くぞ、なにせ回数券がここにあるんだからな」
「勿体ないもんね」
アマネが頷くのを確認して、デュランダルは一層注意して彼女に歩幅を合わせる。オレンジ色が消え失せ、闇の中に月が浮かび上がる下で考えることは尽きなかった。今日の思い出、遊園地がいつまで開催されるか、今日の夕飯は何か、そして右腕から伝わる存在感の重みと温かさ──。
(2025.11)
デュランダルとアマネちゃんの遊園地デート回!テーマは深く考えず、書きたいところをひたすら書き上げた結果生まれた産物でございます。
移動遊園地の元ネタはパリのチュイルリー公園の「Fete foraine des Tuileries」。移動遊園地自体は小さい頃楽しんだ思い出があり、その時のノスタルジーに浸りながら妄想するのが楽しかったです。
ちなみに弊世界観はプリズムタワーが爆破されてない世界線の話です。
